稲城南山とその周辺


地形図に見る南山の変化



昔使った5万分の1の地形図がいくつか手元にあります。
昭和30/31年修正の東京西南部および八王子の地形図などです。

稲城南山では京王相模原線の開通がきっかけになって丘陵の一部が削られ、今日の人工の崖ができました。
人工の崖地のもとの地形がどうだったのか、稲城駅付近にあった亀山(きざん)はどんな山だったのか、など知りたいと思い、現在使われている5万分の1の地形図(平成7年/12年編集)と比較してみました。

稲城南山の地図


  茶色は標高100メートルおよび60メートルの等高線。この等高線および黒字の道路などは旧地図の物です。
  緑:京王相模原線、貨物線、ゴルフ場、あたらしい道路(すべて新地図の物)。
  
赤:崖地(新および旧。本文参照)。青:新旧の三沢川。桃色:旧道(旧地図のもの)。


人工の崖

人工の崖は標高100メートルの等高線に沿って作られ、西端は稲城駅に向かって伸びる尾根(亀山)をカットする形になっています。
崖の正面では京王相模原線に向かっての山腹の張り出しはありませんでした。
京王相模原線開通にとって除去が必要だったのは稲城駅付近の亀山の尾根でした。

なお、昭和45年修正の地形図(京王相模原線はまだない)では、この崖の妙覚寺寄りの部分、崖の全長の約1/3に崖が現れています。
自然にできた崖なのか、人工的な物なのかは分かりません。
昭和45年の地形図では現在の稲城駅付近では亀山の尾根筋にも小さな崖が現れています。もしかしたらこれらの崖は削り始めたときの過渡的なものかもしれません。


根方谷戸と薄葉谷戸の崖

根方谷戸の崖は旧地図の方が明瞭に記載されています。新地図では崖地の規模が小さくなっています(??)。
この崖はあまり発達していないようです。

薄葉谷戸の崖は旧地図には出ていません。旧地図では崖地の真ん中を100メートルの等高線が走っているので、この崖は新しくできた物と思えます。
昭和45年修正の地形図(京王相模原線、貨物線はまだありません)にも出ていません。
(「稲城の里山散歩」の薄葉谷戸の記述によると、薄葉谷戸の南山側は高度成長期に削られたとあります。
京王相模原線に面した人工の崖と同じく山砂の採掘が目的だったのでしょうか。)


常楽寺の背景

常楽寺の背後は亀山の尾根です。稲城市のホームページに出てくる昔の常楽寺の背後には山があります。それがこの亀山の尾根でしょう。
今の常楽寺は背後が京王線になっています。門は北向きです。亀山を背後にした以前の常楽寺は門が東向きだったのではないでしょうか。常楽寺の正面の道は下に述べる旧道だったのではないでしょうか。


桃色の旧道

長沼から常楽寺の前を通り、七曲がりを経て向原に南下する道。旧地図にはありますが、新地図では七曲がりから向原近くまでは無くなっています。途中にゴルフ場ができて分断されたためと思われます。
この桃色の旧道は稲城南山を縦断する鎌倉古道のひとつ、七曲がりルートとして推定されているところです。








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